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<TITLE><内なるもの>と<外なるもの></TITLE>
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        <FONT SIZE=4><B><内なるもの>と<外なるもの></B></FONT>



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　偶然に行き会った、さる名誉教授とお茶の水の錦華（きんか）坂を歩きながらのことでした。この間出版した「タコのすべり台」のその後は？の問いに、「タコ」の顛末を話しました。<BR>
〜「タコ」の会社が前田屋外美術鰍ﾆ分かり、創立30周年の記念品に<前田の原点>として加えていただいた。<BR>
〜彫刻家として第一人者で美大教授の製作者にお会いできた。<BR>
　続けて教授は「次は？」「窓です」。面白いねえ。窓と鏡は内なるものと外なるもの、しかし写真では窓だね。<BR>
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　前回の「タコのすべり台―タコとお陽さまの対話」は、10年間の長い時間を「タコ」と遊ぶ子どもたちと私の心に住みついた「タコ」と対話し、楽しんだように思います。いわばタコと子どもたちのメッセージの集成でした。<BR>
　今回の「窓」も時間的には10年ほどの歳月をかけましたが、レンズをとおして外側から見た「窓」、日本の各地やよその国々の生活と文化を見て客観的に切り取ろう、と位置づけて気楽にはじめた「窓」でした。しかし撮りすすむうちに窓のむこうの人々の暮らしが気になり、もっと、もっと、と撮っていくうちに窓のむこうは自分だと気づきました。<BR>
　先の名誉教授とお会いした頃が、ちょうどそんな時期でした。若い頃から理想としていた「自分」に程遠い成長しか遂げていない「私」とむきあって、逃げだしたい心境でした。正直言ってたじろぎ、苦しみの連続でしたが離れられませんでした。「窓」の放棄は、単にレンズが切り取ったものを捨てるだけでなく、自分をも捨てる行為だと思えたのです。<BR>
　改めて考えるまでもなく「外なるもの」をどう切り撮るか、つまりシャッターを押す瞬間の感性、表現方法も、そしてメカを使う技術力も、すべて内なるものの蓄積なのです。<BR>
　今回集成した「窓」は、日本6、スペイン7、ポルトガル3、スイス3、モンゴル9、中国2枚の写真です。結果として日本が少ないのは淋しい思いですが、東京を含めた日本の各地の住宅が、いわば住宅展示場から抜け出てきたような家が増えており、アルミサッシの窓が多いのです。機能面とコストの追求の結果でしょうが、日本の気候や風土との兼ね合いや住環境、生活上の健康面など、これで良いのでしょうか。<BR>
ともあれ、内なるものの怖さをいだいたままですが、「窓」の重圧からひとまず開放されることにしました。テーマ設定から完成まで、ご指導いただいた竹内先生に感謝申します。<BR>
それから私事ですが、旅行のときのガイド、ポーター、スポンサーである、夫の大谷正夫にも感謝したいと思います。<BR>
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最後に、怖いもの知らずですが、次は原点の「タコ」に取り組みたいと思います。関係者の記憶は、全国に100ほど設置したそうですが記録がありません。「タコ」の出版後、教えてくださった30か所あまりの「タコ」と、人の出会いに触れつつ纏まると良いな、と考えています。<BR>
<P ALIGN=RIGHT>1997年3月1日</P></B>

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