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<TITLE>nikki</TITLE>
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<H2>撮影日記</H2>
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<H3>栄村の四季の移ろいに魅せられて</H3>
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<PRE><H3>前沢淑子</H3>                                                            雪晴れ</PRE></P>
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<H4>  はじめて栄村を訪れたのは、1993年9月。村役場で地図を買って秋まっさかりの大久保をめざした。
南信地方や中信地方では見掛けないはざかけの稲、抜けるような広くて青い空と白い雲が織り成す風景、
軒先や縁側に大切に干してある収穫物の輝きにすっかり私はとりこになった。それから月に一度の栄村
通いがはじまった。季節の移り変わりとともに変わる村の人たちの農業を中心とした営みを、田畑の様子、
庭の草花、軒先の風景など、くらしを通じて見た様、感じた様を写し撮ってきた。<BR>
<PRE></PRE>
  長野県栄村は、日本有数の深雪地帯。関西で生まれ育ち、現在東京で暮らしている私にとって深い雪国の
撮影は予想がつかない。しかし、深雪を撮らずして栄村を語ることはできないと、翌年の2月に雪の風景に
挑戦した。越後湯沢の駅でレンタカーを借りて出発。チェーンをまいて悪戦苦闘の末、栄村に到着。
真っ白な雪にすっぽりと埋まってしまった村にあらたな感動を覚えた。3mを越すつららに驚きシャッターを
きり、降りしきる雪にめげながらも数十カット撮影。しかし、箕作あたりで車が埋まりそうになり、次なる
挑戦を決意し帰路へ。その後の挑戦は、村営バスのお世話になり、長靴とスキーウエアで寒さを防ぎ
深雪に足をとられながら撮影した。次から次へと降りしきる雪の中を必死に屋根の雪下ろしをする姿、
休む間もなくはたらく除雪車に雪国のきびしさを感じた。私にとってはじめての体験であった。<BR>
<PRE></PRE>
  雪が深ければ深いほど、春が待ち遠しい。3月になると、雪解け水が川を田んぼの端をゴウゴウとうなり
ながら勢いよくあふれ出さんばかりに流れてゆく。そばに寄るとすいこまれそうである。晴れた日の
日差しは、目をあけていられないほどに眩しい。家々の軒には洗濯物や布団がいっぱいに干され、庭には
しいたけや野菜と長靴が行儀よく並ぶ。すべてのものが太陽との出会いに生の喜びをいっぱいに表している
感動の時である。<BR>
<PRE></PRE>
  夏の燃えるような濃い深い緑も雪国の特徴である。白い雪と深い緑は絶妙なコントラストである。ギラギラ
と燃える太陽のもと、撮影に夢中になっていた私のそばから大きな音をたてて飛びさった白い鳥は、
両足でしっかりと大きなへびをつかまえていた。背筋がゾクゾクしたのを昨日のことのように思い出す。
自然の営みがそのまま繰り広げられているのである。<BR>
<PRE></PRE>
  都会に住んでいると、最近は特に四季のメリハリを感じることが少なくなってきている。そんなくらし
の中で、春夏秋冬の季節を自然と人間の営みを通して伝えてくれるのが栄村である。自然の変化とともに
そこに住む人たちが自然とともに生きている、きびしさと優しさ、おおらかさを感じるすばらしい
ところである。<BR>
<PRE></PRE>
  「にんげんらしくいきる」というあたりまえのことが難しくなっている現在、栄村は私たちに強烈な
メッセージを送っているような気がする。<BR>
<PRE></PRE>
  栄村を訪れて約3年、今回の写真集「水のうた」は、仕事を休んでの1年に10回くらいの栄村通いの
約1万カットの中から選んだ。<BR>
<PRE></PRE>
  私自身の感動をもっとたくさんの人へ、日本の四季−栄村の美しい自然の営み−を伝えたい思いで
いっぱいである。
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